成長曲線〜学校での成長曲線の活用〜
 
1 2 3 4 5 6 7

ASUKAモデルについて

【衞藤】それでは先ほどご紹介がありましたが、さいたま市は、明日香さんという方の事故をきっかけにASUKAモデルと言われるものを作り上げ、それを市内では普及をしたというプロジェクトのように受け止めておりますが、それに関することで、むしろその後の体制づくりについてご紹介をお願いします。

【辻野】9月に事故で亡くなられまして、そのあと検証委員会があり、翌年の2月に検証報告が出されたのですが、そのあとにどう改善していくか、再び、明日香さんのような人を出さないためにどうしたらいいのかということで、資料にありますASUKAモデルのプロジェクトチームを立ち上げました。そこで事故をもう一度掘り起こし、この中で河野龍太郎先生という自治医大の先生の事故分析を使って、その事故で誰がどういう動きをしたのかというのを確認し、それでそういうふうに動いたのはなぜか、なぜこれができなかったのか、なぜこれができたのかというところを確認しながら教職員は何を行えばいいのか、どんなものを学校は準備をしていったらいいのか、教育委員会はその準備のために何をしたらいいのかということを桐田明日香さんのお父様・お母様と一緒に事例の分析をして、こういうことが必要ではないかというのをまとめたのがこちらの冊子になります。開いていただくと分かるように日常における重大事故の防止のためにどんなことをしたらいいのかということで教職員の、先ほど木村先生がおっしゃったそういった研修をどのように持ったらいいのか。それまでも研修はしていたのですけれども、その時、その場にいた教員が上手く判断をすることができなかった。その判断をどのように医療関係者ではない私たちがどう判断したらいいのかということや管理体制をどうしたらいいかということを事故の分析からまとめたのがこちらの内容になります。一番大きいのは第1発見者がどう判断したらいいかというところで、傷病者発生時における判断行動チャートというのがあります。2010のガイドラインでも反応・意識があるかないかで進めるのですが、あるかないかがわからないという時があるのではないか。この当時は死戦期呼吸ということがまだ知られる前でしたので、ないか・あるかではなく、ないか・あるか・わからない、わからなかったら「119番通報してAEDを持ってきて」と要請するということに進みましょうということをここで明確に示しました。判断は第1発見者がして、第1発見者が119番通報の指示をするという一連の流れです。次に呼吸を確認した時にも、やはり呼吸があるか・ないか・わからなければ、その先に進みましょうと、そのチャートを第1発見者として市内の先生方に周知しているところです。こういったチャートですとか、ここにいろいろ載っているものをAEDの入れ物の中にパウチなどにして入れておいたり、AEDが置いてあるところに置いて見ながらでもできるようにしています。また、職員は名札等を付けておりますのでその裏にこれを小さく貼っておいて119番通報する時に学校の住所・電話番号がすぐ言えるようにしておいたり、各学校でそういった工夫をして1秒でも早く医療につなげられるようにと、そういったテキストになっております。これを基にさいたま市ではすべての公立の小中高等学校で毎年度当初にそういった救命の輪がつくれるように訓練を実施することになっています。

【道幸】年度の当初に研修を行うというのは各学校で、でしょうか。

【辻野】はい、各学校ではこのテキストを基に事例を想定し、この事例の時にはどういうふうに、誰がどんな役割で対応するかを訓練します。役割については、8ページのところからありますが、まず第1発見者がいます。第1発見者がどういうことをしたら良いのか示してあります。一番最初に応援に来た人が指揮命令者になって、その後に来た人たちにどんどんチェックをしながら指示していきます。中学校や高校だったら生徒たちにもお願いできることがあるかもしれません。先ほどの木村先生のようにAED持ってきてと子供たちにも言えるかもしれません。そういった訓練を、ここに人が倒れているという想定のもとに、人が集まって指揮命令者が指示をしてという訓練をしています。

【道幸】シミュレーションで動くということですね。

【辻野】そうです。今日はこの訓練しますという日を設けて実施します。1回目はそうしますが、それを言わずに校内放送で突然始めるなど、いろいろな訓練をしています。ただこれだけですとなかなかイメージができないところもありしまして、ASUKAモデルの「解説」ですとか研修用のスライドを作ったりしました。この春にはDVDを作成し、4月当初に配り、DVDを使って訓練を進めています。

【衞藤】明日香さんの事故が遭った時の状況をどういう行動の連鎖があったかということを辿っていき、ここで何ができ、何ができなかったかと明らかにし、そういったことを基にもしそういった傷病者が発生した時にどうすれば良いかという、これは従来からの心肺蘇生法と教科書にも載っているような流れがあるわけですけども、その時にそれを1個1個点検していく中で判断ということがやはり大きなポイントであったということですね。わからない時どうするかという時は、わからない時にはとにかくやりなさいという方向の動機づけをするというお話でこれを作られたということが、このチャートの特長であると思うのですが、坂本先生、いかがですか。

【坂本】河野先生は元々、空港の管制塔で飛行機の事故防止に携わられていて、現在、自治医大で医療安全の専門家として原因分析と事故予防について研究されていて、日本の第一人者で我々もいつもお世話になっていますが、この取り組みの特長は二つあると思います。一つは、やはり全体として具体的な判断・対応を求めていることと、そのための練習を行われていること。これを木村先生の野球で例えれば、心肺蘇生とAEDを使う講習会の練習はキャッチボールとバッティングマシーンで打つだけの練習のようなもので、確かにそれをしないと球を投げたり、打ったりはできないので大事なことですが、さらにシートノックがあったり、紅白戦をやるような感じでシミュレーション訓練をされていて、初めての現場でも使えるように教育されているのだと思います。私たちは一生懸命練習して胸骨圧迫、AEDを使えるようにしようとするのですけれど、ただやはりそれだけでは、実際の現場では心停止かどうか判断できなくて体が止まってしまったり、あるいは1人だけが一生懸命やっていても、周りは何をやったらいいかわからず全体としての行動につながらなかったりします。そこをきちっと練習することによって解消していこうということで、それは非常にいいことだと思います。それからもう一つ、いつ見ても感心するのは、6ページにある体育活動時の重大事故の未然防止のところの、ブリーフィングという考え方です。これも航空機のパイロットが必ず最初にブリーフィングで、この飛行中にコックピットで事故にあったらどこに着陸するとか、最悪の事態があった時にどうしようということの確認をクルーと行うわけですけれど、学校でもそういう場を設けて、AEDはあそこにあるとか、誰か倒れたらこうしようとか、今日は暑いから熱中症が危ないなど、そういうことをきちっと皆が共通認識を持って、予防のところまで踏み込んで話をされています。私はこのモデルが埼玉に留まらず、全国の学校の現場で普及してくれるのを望んでいるところです。

【衞藤】ASUKAモデルのお話を伺って、道幸先生はいかがですか。

【道幸】判断する難しさのハードルを下げられているところに一番感銘を受けました。実際に遭ってみないとわからないというところもあると思うので、悲しい事故だったのですが、それを基にこんなにしっかりとしたチャートが作られているというのにまず驚きました。たまたま本校では先週、教職員対象の救命救急訓練を帝京大学の竹内先生にお願いして行ったのですが、その中で死戦期呼吸のビデオを流していただいて、それを見た教員がこれでも呼吸をしていないということに驚いていました。木村先生は実際そういう状況に遭い、直観的にこれはおかしいとわかられたということだったのですが、それがわからない教員も確かにいると思います。そういった判断がなかなかつかない人の前でも事故が起こるというのももちろん考えられるので、やはり「あり・なし」という判断だけではなくて「わからない」ときにどうするか。私も周りの教職員にも広めていかなくてはいけないなと、参考にさせていただきたいと思います。

【辻野】AEDをさいたま市内の学校に設置してから5年半ぐらいですが、その間にAEDを使用した事例は3件でしたが、事故後のこの3年半では30件ほどになりました。目の前で突然倒れて意識がなかったらすぐにAEDの要請、119番というのが身についてきたのかなという印象はあります。いまのところそれで通電したという事態は児童生徒ではありません。心肺蘇生を行っている間に意識が戻ってくることもあります。先ほどから先生方もおっしゃっていますようにAEDが判断をしてくれるのでまずは電源を押してパッドを貼るという行為が大事ということが教職員に浸透してきました。さいたま市内には約5,000人の教職員がおり、地域にも住んでいるわけですから、医療機関にも公共施設にもAEDが置いてありますので、一市民としてもそういった行動が率先してできるようになれば学校の中だけではなく、普及していけるのかなという期待もあります。

【道幸】AEDは電気ショックを与えるというのが世の中の人にも多く広まっているイメージだと思いますが、心電図を解析してくれるということまで知っているという人はまだまだ少ないかもしれないと思います。そこを生徒への教育等も含めてすすめていけるとどんどんAEDを使える人が世の中に増えていって、それだけ救命率が上がっていくのかなと思いました。

※参照 さいたま市HP「体育活動時等における事故対応テキスト〜ASUKAモデル〜」外部リンク

1 2 3 4 5 6 7