第3回テーマ「学校での応急処置・対応」
  • 学校での耳・鼻のけがおよびその時の応急処置・対応について

  • 日本耳鼻咽喉科学会参与・日本学校保健会理事 浅野 尚
1.はじめに  耳鼻咽喉科の領域では顔面の外傷(けが)が主体となることが多く、体育の授業やクラブ活動などのスポーツの時に起こることが多いのでスポーツ外傷とも
呼ばれます。
顔面の外傷は聴覚・視覚・嗅覚などの感覚器の機能障害を起こすことも多く、また顔面の変形や瘢痕形成といった美容的な問題も絡み、とくにけんかに起因する場合は、対応がより複雑になることもまれではありません。
さらに、けがの場所や程度によっては、耳鼻咽喉科のみではなく、形成外科、脳神経外科、眼科、歯科口腔外科などと一緒に治療しなければならないこともあります。
従って、症状や外見上の異常の程度が軽いからといって、そのまま放置することは、のちに種々のトラブルを残すこともあるので、できるだけ早く専門医を受診させ、外傷時の模様をより詳しく、正確に説明することが非常に重要です。

2.発生状況  最近の報告によると(日本スポーツ振興センターの資料)、発生頻度は小学生0.18%、中学生0.25%と中学生に多く(外傷全体の5%強)、発生場所は体育館が最も多く、以下教室、運動場・校庭、校舎内の順となっています。
発生の状況では、「遊んでいて」が最も多く、以下「歩いていて・走っていて」「バスケットボールほかのスポーツ(主に部活動)」「ふざけていて」「作業中・昼食中」の順となっています。また最近「けんか」によるものが増加している点が注目されます。

3.外傷の種類・部位とその対応  幼稚園・保育園では下顎(下あご)を中心とした外傷(下顎部外傷、口腔外傷)が多く、小学生では口腔の外傷、中学生では鼻を中心とした外傷(鼻骨骨折、鼻出血)が多く見られます。
また、顔面打撲・裂傷、耳介打撲・裂傷、外傷性鼓膜穿孔なども比較的多く見られます。
鼻骨骨折はスポーツやけんかによるものや、交通事故、転倒など、鼻の周りに外力が加わることにより起こります。鼻骨自体が折れる(骨折)場合と、骨と軟骨の間の関節がずれる(脱臼)場合があります。症状は、痛みや鼻出血、外鼻の変形などです。骨折していても外鼻が変形してない場合は、そのまま様子をみてもよいことがあります。
鼻骨の脱臼は、比較的弱い外力でも起こることがあり、本人と家族を含めて、特に鼻背部の偏位があるかどうかをよく観察し、左右どちらかに曲がっているように見える場合や鼻背部の陥凹がある場合は、出来る限り早期に(遅くとも数日以内)耳鼻咽喉科専門医の診察を受け、整復手術を行う必要があります。
その他、眼窩吹き抜け骨折(眼窩という眼球が入っている場所の骨折。目の周りの腫れや眼球が凹む、視野狭窄、ものが二重に見える)、頬骨(ほほ骨)の骨折(「ほほ」が凹んで顔の形が変形)、下顎骨の骨折(口が開けにくくなる、咬み合わせがずれる、ものが噛めなくなる)、などがあり、眼科や歯科口腔外科と連携を取りながらの治療、手術が必要となります。
側頭骨(頭の横の骨)の骨折では、鼓膜の損傷、中耳の出血などを伴うことも多く、聴力や平衡機能の異常や顔面神経麻痺を起こすこともあり、脳神経外科と協力しながら治療を進めてゆきます。
交通事故やけんかなどでは、数か所の骨折を起こしていることも多く、また脳の損傷も伴っている場合もあり、外傷後早期に専門医を受診して適切な治療を受けることが非常に大切です。
耳介血腫は、主に耳介(耳たぶ)に外力が加わって起こる場合が殆んどで、治療の過程で血腫穿刺を繰り返し行わなければならないこともまれではありません。
外傷性鼓膜穿孔は、耳掻きなどで直接鼓膜を傷つけた場合(直達性鼓膜穿孔)と、耳をたたかれたり、ボールが耳に当ったり、サーフィンで耳が水面にたたきつけられたりした時などに鼓膜に穴が開く場合(介達性鼓膜穿孔)があります。強く鼻をかんだりした場合にも鼓膜が破れることがあります。比較的大きな穿孔でも自然に閉鎖する場合がありますが、感染を起こすと閉鎖しないことが多いので注意が必要です。
「のど」のけが(喉頭外傷)は甲状軟骨(のどぼとけ)の骨折が多く、剣道の突きや自動車のハンドルで「のど」を強打した時に起こります。出血や傷の程度によっては呼吸困難に陥ることもあり、早急な対処が必要となります。
「口の中」のけがでは、アイスキャンディーや綿あめ、焼き鳥の串などをくわえたまま転倒して、棒や串がのどの奥に突きささり、口腔損傷だけではなく、場合によっては脳の損傷を起こすこともあるので、日頃から長い棒などをくわえたまま歩いたり走ったりさせないしつけが大切です。
その他、耳(虫、豆、パチンコ玉など)、鼻(スポンジ、紙、ビーズ玉など)、のど(魚骨)の異物による皮膚や粘膜の損傷も、特に低年齢の子どもに多く、しかもかなり長期間気付かずに放置されている場合もあり、日常の注意深い観察が必要です。
また、最近虐待によると思われる外傷が耳鼻咽喉科領域でも話題になって来ています。顔面、耳の外傷が圧倒的に多く、次いで口腔・咽頭、頭蓋、鼻が続くとされています。
耳の外傷では、耳介血腫、外耳道裂傷、耳小骨連鎖離断、感音難聴、顔面神経麻痺、鼓膜穿孔などが挙げられています。
これらに対しては、器質的な外傷に対する対応とともに、心理的な側面に対する支援も欠かすことができません。
以上、外面的には軽度と見えるものでも、重大な損傷が隠れている場合があるので、治療の時期を失しないような迅速かつ適切な対応が特に望まれます。

参考文献
1.佐藤文彦他:京都における耳鼻咽喉科領域の学校スポーツ事故;第29回全国学校保健・学校医大会(平成10年度)
2.佐野光仁他:耳鼻咽喉科における虐待;第35回全国学校保健・学校医大会(平成16年度)
3.小川真滋:小中学校における耳鼻咽喉科領域外傷の発生状況;第37回全国学校保健・学校医大会(平成18年度)
4.日本耳鼻咽喉科学会学校保健委員会:耳鼻咽喉科の健康教育マニュアル(平成19年)