第3回テーマ「学校での応急処置・対応」

出席者(順不同・敬称略)

社団法人日本学校歯科医会 常務理事
赤坂 守人

社団法人日本眼科医会 理事
宮浦  徹

社団法人日本耳鼻咽喉科学会 参与
浅野  尚

奈良市立青和小学校 校長
三谷 博之

静岡市立賤機中学校 養護教諭
永田智惠子

東京消防庁救急指導課救急普及係 係長
瀧澤 秀行

財団法人日本学校保健会 専務理事
雪下 國雄

〈コーディネーター〉
茨城大学教育学部 教授:瀧澤 利行

瀧澤(利)  明けましておめでとうございます。今年の新春座談会のテーマは「学校での応急処置・対応」です。会報「学校保健」では、昨年からこのテーマで特集を組んできました。各号ごとに専門的な立場の方々にご執筆をお願いして、大変よい評価をいただいております。 学校現場では、もちろん事故減少に努めていらっしゃることと思いますが、それでも生じてしまう外傷や急性症に対し、特に第一線で活躍される養護の先生、担任の先生方が感じられる責任の重さはいかばかりかと思います。また、そういった時に迅速に手当てをし、救急隊員につなぐまでのいくつかの処置について、実際に事故に直面したらどうしたらいいかわからなくなってしまった、という声も多く聞かれます。
本年も年頭に当たり、このテーマについて、もう一度どのような観点で原則的に考えていけばいいか、事例を紹介していただきながらご出席の方々とお話ができればと思います。


学校の対応

瀧澤(利) まず、本誌の編集委員長でもいらっしゃいます雪下先生からこの企画について、ご説明いただきたいと思います。

雪下 私自身、学校医として、小学校二つ、中学校一つに40年勤めています。専門は脳外科です。学校内の事故で私が一番気をつけていることは、次の日まで放っておくことができない、何とかその日のうちに対応しなければ大変なことになる事例を見逃さないということです。そのような事例について、以前に神奈川県の医師会で小冊子を出したことがありますが、その後も新たな問題が学校内では起こっています。私が勤めていた学校でもプールから上がった直後、脳動静脈奇形からの出血で倒れた子、マラソンをしていて大脳の動静脈奇形からの出血で倒れた子と二つの突然死の事例がありました。短い期間にそれが重なったので、ますます何とかしなくてはいけないと思うようになったのです。今日は、先生方の現場でのお悩みや経験などもお聞かせいただきながら話し合えればと思い、この座談会を企画しました。

瀧澤(利) では、「学校で起こること」に問題を限定しながら話を進めていき、それを受けるような形で専門の先生方からご説明をいただきたいと思います。まず永田先生からお願いします。

永田 学校で一番気をつけなければいけないのは、首から上、つまり頭部の事故です。その時の対応をどうするかで悩みます。けがそのものの対応を正確に行うということはもちろん大事ですが、初期対応がきちんとできていないと、のちのち保護者の方との人間関係が悪化する恐れがあります。初期対応さえ間違っていなければ、たとえけがが重篤であっても、治癒していく過程で関係は良好になっていくものです。

 具体的な事例では、再三注意してもなくならないいたずらに「椅子引き」があります。中学生にもなってそんなことを、と驚かれるかもしれませんが、現にこのいたずらが原因で尾骨骨折を起こした子がいます。その時は、まず私が保護者の方と一緒に近隣の整形外科に行き、そこの医師が「心配なら大きな病院へ行ったほうがいい」と言うので、翌日保護者の方が連れて行かれました。治療法がないのでこのまま様子を見ましょうということになったのですが、けがの状況と相手の保護者の方への連絡とけが人への謝罪などについて非常に神経を遣いました。また歯を折ってしまうという事故もあり、保護者の方への説明に困ったこともあります。日本スポーツ振興センターの災害共済給付は、健康保険による治療は対象となりますが、将来保険外の診療が生じると対象とならないのです。つまり今はまだ治療できないけれども例えば高校になってから保険外の歯を入れるとなると、給付はないのです。それを保護者の方に理解していただく時、言い方を間違えると非常に気まずくなることがあります。

 最近は保護者の方が指定した病院に連れて行くことが多いものですから、けがが生じたら保護者の方と連絡を取って、医師と連絡を取って、と大変手を取られます。しかし学校事故の初期対応はきちんとやらなければいけないと管理職にも言われているものですから、その辺りで非常に気を遣います。

瀧澤(利) 三谷先生は、このような事故の場合、どのような対応が望ましいと思われますか。

三谷 いつも大事にしていることは初期対応です。子どもがけがをした時、その場に居合わせた教員がまず適切な対応を行い、保健室で養護教諭等が正確な救急処置をするということです。次に原因について把握するようにします。相手がいる場合には、それぞれの話をしっかり聞き、内容を整理して事実の把握をします。事故の原因や救急処置などについてあやふやな話では保護者の理解が得られないことがあります。

 医療機関については、児童の保健調査表に記載されている病院を、そこが休診の場合は比較的通院しやすい病院を選ぶようにしています。幸い、私の学校では学校医さんが近隣で開業されているので、そちらへ行くことが多いです。学校医さんですと、学校教育をよく承知していただいた上で保護者に医学的な話をしていただけるので助かります。

 相手のあるけがの場合は、保護者の謝罪のウエイトは大きいと感じています。そのためにも事実の把握が重要です。日頃から保護者との連携を深めた教育を進めることが、事故などが発生したとき保護者の理解を得ることになります。

瀧澤(利) 今日は東京消防庁から救急指導をしていらっしゃいます瀧澤さんに来ていただいていますが、学校から救急車要請が入る場合、どのような事例が多いのか、お話いただけますか。

瀧澤(秀) 搬送された時の状況で一番多いのは、ぶつける、転倒する、転落するなどで起こった外傷です。また頭やお腹が痛いというような場合で重症と判断された時は救急車を呼ばれるようです。

瀧澤(利) そうした場合、現場で望ましい処置がされているといえるでしょうか。

瀧澤(秀)  軽易なけがや病気の場合、救急車を呼ぶことなく学校医を受診されると思われるので、どの程度の処置がなされているか把握するのは難しいですが、心肺停止などのより重篤な例では、適切に手を差し伸べていただいているといっていいと思います。東京都内では、数は多くはないですけれども、ほとんどの心肺停止状態の例で、職員の方がAEDの使用もしくは心肺蘇生法を実施しているという報告があります。

 

専門的な事例から ―眼科・耳鼻咽喉科―

瀧澤(利) では実際に学校現場でどのような事例があるか、また学校で気をつけるべき点について、まず眼科の宮浦先生からお話をいただけますか。

宮浦 日本スポーツ振興センターが出している「学校の管理下の死亡・障害事例と事故防止の留意点」という統計を見ても、眼科の事例は少なくないのですが、私の印象に残っている事例としては、エアガンによって眼に障害を残す例が2例ありました。至近距離からエアガンを撃って眼に当たり、外傷性白内障を起こした例と、前房出血を起こしてほとんど見えない状態になってしまった例です。そうした遊具を学校に持ち込むことはめったにないようなのですが、下校中に起こることがあります。遊具には流行り廃りがありますから危険な遊具が流行っている時には学校でも十分な注意をしてほしいと思います。眼科のけがで一番困るのが外傷性網膜裂孔と網膜剥離で、初期には症状がありません。これを起こしたら入院して手術することになります。

 応急処置は非常に難しいのですが、初期対応を正しく行うかどうかで助かるか助からないかが決まります。処置の方法はケースバイケースで変わってきますので、一つ一つ慎重に勉強していく必要がありますが、いくつか知っておいてほしいケースがあります。一つはアルカリバーン、化学熱傷です。対応はすぐに洗眼することが第一、時間がたってしまってからでは大変なことになりますので、養護の先生のみならず、現場の先生方、特に理科の先生に周知していただきたいです。実際に学校でアルカリバーンで障害を残してしまったという例はまだ確認してはいませんが、注意してほしいと思います。欧米ではよく実験の時には眼鏡をかけさせます。予防する方法はあるのです。

 また鋭利なものによる外傷の場合は、穿孔しているか、していないかに留意してください。角膜に穿孔創があったら、眼内感染を起こし、一気に失明への道を進みますので、救急の対応が絶対必要です。この場合初期対応としては、冷やしたり押さえたりせず、何もしないでそっとしておくのが一番です。

瀧澤(利) 永田先生、いかがでしょうか。眼科に関して気になることがあればご発言ください。

永田 たしかに外傷のほとんどが打撲といっていいくらいのものが多いのですが、当たったボールの大きさや強さなどによって影響が違うものでしょうか。ボールが眼に当たってけがした子どもを眼科に連れて行くと、必ず聞かれるのが「何のボールが当たったか、どのくらいのスピードか、直球かバウンドした球か、何メートルくらいのところから投げたものか」ということなんです。

宮浦 野球のボールはソフトにしろ硬球にしろ食い込みますので、一番心配です。サッカーは至近距離で当たってもそんなにひどくならないことが多いですね。意外と注意しなければいけないのがバドミントンです。あのシャトルは軽いんですけれども、直接当たるとかなり衝撃があります。プレーヤーが少ない割には事故例が多いですね。ボールやシャトルだけじゃなく、ダブルスで試合をする時、パートナーのラケットが当たるというのもよく起こる事故です。

瀧澤(利) 剣道の場合は竹刀の先がささくれて目に入ることもありますね。学校内にはけがにつながる道具は結構多いですね。

宮浦 はい、失明に至ることもありますね。武道での事故も結構多いんです。

雪下 初めに私はすぐに対応しなければならない事例を見逃さないことが大事と申しましたが、頭のけがには、眼の合併症として次の二つがあります。一つはブローアウト症候群(破裂症候群)です。これは野球等のボールや友達の肘等が眼球に当たった場合、眼窩が破裂して起こるもので眼を動かす神経が麻痺して眼の動きがおかしくなり、複視といって物が二重に見えたりしてきます。もう一つは視束管損傷です。眼の上の出っ張っている骨が衝撃を受けると、視束が損傷を受けて視力障害が起こります。多くは視野の欠損ですね。この二つは見逃すと大変な後遺症を残すので、脳外科領域でも特に注意を必要としています。

瀧澤(利) 視野欠損は子どもにはわかりにくいものですから、両眼ともきちんと見えているかどうか、片眼ではどうかということを確認することが大事ですね。

三谷 先ほど言葉が足りなかったと思うので発言します。私たちが預かっている子どもには限りない未来があります。けがをすることによって将来の可能性が狭められるということはあってはならないと思います。その場に居合わせた者が、どのような救急処置ができるかということが重要です。大きなけがの場合はもちろんのことですが、その場でできることは必ずあります。後遺症を防止、もしくは最小限にとどめるためにも学校医の先生方や救急隊員の方の指導を受けて、教職員の救急処置技能を高めることが大事だと思います。

瀧澤(利) では、次は耳鼻科外傷のことを浅野先生からお話いただきたいと思います。

浅野 先日ラジオ放送で、骨粗鬆症を防ぐ方法として三つの段階があると聞きました。一つはカルシウムを含む食事、二つめは口に入った食物を血液の中に取り込むために朝日光浴を行うこと、三つめは取り込んだカルシウムを骨に取り入れること、そのためには運動が有効というものです。従って今後ますます運動、遊びの大切さが再認識される時代になると思います。遊びと運動にはある程度のけがは避けられないと考えられます。けがを100%なくそうとすれば遊びも運動もできなくなってしまいます。これはその人の将来にとって有益とは言えないと思います。実際、耳鼻科関係のけがは、遊んでいて起こることが一番多いのです。そこで、ある程度のけがは起こりえるという前提に立ちますと、その際に学校医を含めてわれわれ医師がすべきことは、不可避的に生じてしまうけがをできるだけ軽くすむようにする、あとに障害、後遺症を残さないように適切に対処することだと思います。

 耳鼻科関係のけがの特徴はいくつかありますが、ここでは留意すべき点を三つだけ挙げさせていただきます。一つは、感覚器を扱う領域ですので、例えば聴力にしても本人の訴えがないと外見上からはわかり難い場合があることです。出血すればわかりますが、あまり出血もなくて痛みもないと、ぶつかって鼓膜が切れたというような場合、本人が「聞こえない」と言わないとわかりません。しかし小さい子が難聴を訴えるということは少ないです。また耳鳴りも訴えないですね。「耳鳴りがしますか」と聞いても、「耳鳴りって何ですか」ということになってしまう。より具体的で適切な言葉で尋ねないと見逃してしまいます。来院の当初から保護者に付き添ってもらうことも大事です。保護者なら普段と違うことを見分けやすいからです。例えば鼻骨骨折で鼻が曲がってしまった場合、本人は今までと比べて曲がっているかどうかが意外にわからないものです。そこで保護者に見てもらうとわかります。

 もう一つは美容上の問題があります。顔面の外表に傷が残ることもあります。顔面の変形につながる場合もあります。また噛み合わせが悪くなったり嚥下ができなくなったりすることもあります。最近はいじめによる外傷も注目されていて、一番多いのは、耳介、耳たぶの外傷です。耳介が膨れてしまう事例です。原因がいじめの場合は、単に形だけの問題ではなくて、心理的な要因も含めて、保護者とよく話をするなどしていただきたいと思います。非常にデリケートな問題です。

 もう一つ大事なのは、耳鼻科の事故の場合、脳と関係していることがかなり多いということです。数年前、飴のスティックが口蓋から脳に刺さって亡くなった子どもの事例がありました。外見上はそれほど著しい変化がなくても、脳にまで傷が達していることもあるわけで、見た目の軽さにとらわれずによく問診を取ることが非常に大事です。子どもは時間が経つと起こったことを忘れてしまうことが多いのです。何があったか聞いても「わからない」ということが多い。事故直後の問診は非常に大事です。それとともに眼科、脳外科、歯科口腔外科などとの連携もとても大切になってくる場合もあります。

瀧澤(利) 見た目の軽さにとらわれてはいけないという点で、眼のけがの場合はいかがですか。

宮浦 網膜というのは光を感じる神経と考えていただければいいと思いますが、例えば打撲によって網膜に穴が開いても、そのことで痛みを訴えることはありません。打撲ですから本人は最初は痛いと言いますが、30分もすれば痛みは引いてしまうので、治ったと錯覚してしまうんです。その時、養護の先生が「ちゃんと眼科を受診しなさい」と言うか言わないかで、その後の経過がまるで違うということがあるので、注意していただきたいですね。

永田 一つ伺いたいことがあるのですが、ある子どもが、網膜剥離をしやすい体質なので球技をする時は眼に当たらないように注意してください、と眼科医に言われて、保護者とともにどうしたらいいか困ったことがあります。こういう体質的なことと遊びや運動の兼ね合いをどう捉えたらいいのでしょうか。

宮浦 アトピーや近視の強い子は網膜剥離を起こしやすいといわれていますね。しかし眼だけに限らず、遊び、運動にはリスクが付き物なのです。ボクシングのようにはっきり顔面を叩くというようなスポーツなど、明らかに目に衝撃を受けやすい運動や部活動だけを避けるようにすれば、普通の体育程度はいいのではないでしょうか。大人があたたかく見守りながら、どう工夫できるか考えていきたいものです。

 

専門的な事例から ―歯科・脳外科―

瀧澤(利) それでは、歯、口腔内の問題について、赤坂先生からお願いします。

赤坂 口のけがについての知識はずいぶん浸透していると思います。日本学校歯科医会の加盟団体も努力して冊子を作成しています。あとは現場の養護の先生にさらに浸透を図ることだと思います。

 現在の学校保健統計でみますと、むし歯が非常に減ってきていて、むし歯で歯がなくなるというのはこれからはほとんど少ないと思いますが、これからはスポーツを含めたけがによって歯を失うということが非常に増えてくると思います。増えることを前提として、普段から保護者と学校とのコミュニケーションをとっていることが大事です。

 歯や口をけがすると出血が多いので、そこに意識が集中してしまうのですが、頭部周辺をけがしたということは、脳圧が高まったり、脳震盪を起こして一時的に意識障害が起こってきたりもするので、やはり耳や眼などの見えにくい場所に出血や打撲がないかチェックすることが大事です。また例えば歯の脱臼の場合も出血がひどいことが多いのですが、出血で驚いてパニックになってしまうと、初期の観察がきちんとできないと思います。低学年まで歯は、根がまだ完成していませんし、骨も十分に成熟していませんから、より歯が脱落しやすいのです。あとから隣の歯に比べ歯が浮いて挺出してきたりしています。まず観察し、記録をとることが重要です。特に経験の浅いクラス担任の先生は、自分の見た目だけで決めないで、養護の先生や医師に判断を仰いだほうがいいと思います。また障害の状態によっては専門的な立場からいろいろな人がいろいろな見方で診察するということは大事です。

 歯の脱臼は、加わった外圧は緩衝されやすいのですが、歯の歯折だと外圧が強く顎骨に加わることになります。見た目が軽く見えることがよくあるのですが、外圧を強く受けると骨吸収を起こす細胞が増殖して骨の吸収と歯根の吸収が起こります。ですから長期にわたって専門的な歯科医に診てもらわないと、2、3年後に歯が脱落するということもあります。歯周組織に対するダメージが歯そのものより大きいんです。

 また見逃されがちですが、例えば給食の前に歯をけがした場合、食後に嘔吐を引き起こすことがあり、時に吐瀉物が喉に詰まって窒息を起こすこともありますので、十分な注意が必要です。

 現在、学校保健安全法が改正になって、学校は学校歯科医よりさらに専門性のある医師、歯科医とコンタクトを取っておきなさい、という項目があります。それは学校や地域の歯科医師会が事故に対応する際非常に有効な法律改正だと思います。最近の外傷の複雑さを考えますと、学校歯科医一人だけでは専門性が立ち行かないことが多くなると思います。学校歯科医を中心にして、専門性の高い人たちとチームを組めるよう、学校で検討していかなければいけないですね。学校歯科医一人が抱え込んでいてはいけません。保護者に対しても、もし事故があったらこういうチームでこういう対応をしますというオリエンテーションが事前に行われていれば事故によるトラブルはずいぶん違うと思います。

 口腔内のけがは長期間経過を見なければならないことが非常に多いです。例えば外傷のあとの後遺症の一つに顎関節症がありますが、顎関節症の症状は複雑で、メンタルな原因でも起きやすく、外傷が原因かどうか判断に迷うこともあります。また乳歯に外圧がかかるとかなり永久歯に影響を与えますので、4、5年後に永久歯が出てきた時、もし歯の位置がずれて生えてきても、けがによる後遺症なのか遺伝的なものなのか、簡単には判断できなくなります。ですから、長期にわたって見守っていくということが大切なのです。

三谷 赤坂先生のお話は学校関係者は肝に銘じなければならないと思います。学校で事故が発生した時、医師の所見をいただいた上ですが、将来起こりうる症状や処置について学校として説明しておくことは大切なことだと思います。医療に関する情報がないままでは、症状がでた時に保護者や子どもへの対応ができないと思います。赤坂先生がご経験された事例はありますか。

赤坂 日本スポーツ振興センターから2年前に出された資料「歯・口の怪我防止必携」には、最近の事例や対応が多く出ています。これは学校に置いてほしいですね。もう一つは、冊子類だけではなく、子どもたち、教師、保護者の目に常に触れるように、校舎に壁新聞やポスターにして貼っておくという方法もいいと思います。あわてている時にじっくり本を開くということはなかなかできません。例えば歯が脱落して取れてしまった時などは、最初の15分で処置したのと1時間以上かかったのとでは、歯が助かる率が違ってきます。

三谷 日本スポーツ振興センターの災害給付見舞金の中で、歯など口腔に関するけがの割合が高いですね。私は県学校保健主事会の会長をしていますので、そういう現実を踏まえて、県学校保健主事研修会で歯や口腔のけがの実態、事故の原因、応急処置の方法、事故の再発防止等について研修を深めました。

 脱臼した歯を保存液や牛乳の中に浸し病院に持参することにより再生率が高まること、事故の原因を究明したり、再発防止を図ったりするためには、どのような手順で進めるのかなどについて日本体育振興センターの方からご指導いただきました。研修会に参加した保健主事からは新しい知識や事故防止の具体的な方法がよく分かったなどの感想がありました。保健主事は学校保健安全活動の中核的存在ですから、研修の充実が大切です。

瀧澤(利) それでは脳外科の立場から、雪下先生、お願いします。

雪下 頭のけがというのは総合的なデータを見ても数%ですから、それほど多いものではないのですが、幼稚園から小学校では十数%になっているので、やはり気をつけるべきだと思います。また少ないけれども、重症化したり後遺症が残ることもあるので、初期対応は大切です。それと、他科の先生方との連携ですね。今日、皆さんのお話を伺って、ますます思いを新たにしました。

 頭のけがの多くは、こぶができた、切ったということですね。頭は骨と皮との境目に血管が多く走っているので、傷が小さい割に多量の出血があり驚かされる場合が多いのです。しかし大切なのは、脳にどれだけの障害が及んだかということです。それには、まず意識がはっきりしているかどうかということが、大きな判断基準です。頭を打ったのではと連れてこられる中には、けがと関係なく意識障害(基礎疾患)があり除外しなければならないものがあります。

 まずはてんかんです。子どもの場合は小発作という形で出ることが多いです。持っているものを落とすとか、焦点が合わないような目つきをしていて、名前を呼ばれてハッと気づく発作等があります。また側頭葉てんかんという精神運動発作があります。食べる動作をするものが多く、意識が朦朧として口をもぐもぐさせるという特徴的な動作をします。あるいは一時期、インフルエンザ治療薬のタミフルでの発作が話題になりましたが、ああいった逃亡発作も見られることがあります。

 もう一つは脳貧血です。顔色が青白く(チアノーゼ)なりますので、顔色に気をつけてください。長くは続かないで寝かせておけばすぐに回復します。次に低血糖です。糖尿病の病歴のある子については日頃から気をつけておく必要があります。それからいわゆる突然死の範疇に入るものですね。大部分は心臓に起因するものですが、思春期から思春期前に起こる脳の動静脈奇形からの出血が原因であることが稀にあります。

 しかし、なんといっても養護の先生にとって一番困ることは医療機関に連れていくかどうかの判断だと思いますので、参考までに三つにまとめて述べさせていただきます。

(1)意識障害が5分以上あった場合、または逆行性健忘が5分以上あった場合は必ず受診させましょう。5分以上障害がある場合は、脳になんらかの器質的障害があり頭蓋内出血が起こってくる可能性があるからです。
(2)頭を打ったことははっきりしていても意識障害が全くない場合は、しばらく様子を見て帰宅させることになりますが、その場合は保護者に三日間くらいは激しい運動を避け、注意深く見守り、次のような症状が見られたら急いで医療機関に受診することを申し付けてください。

1)意識障害の出現;うとうとと寝てばかりいる。起こすと目を覚ますが、すぐにまた寝てしまう。
2)頭痛、嘔吐の出現;脳を打って起こる嘔吐は吐き気があまりなく苦しまずに吐く特徴があります。
3)麻痺(顔や四肢);口笛を吹かせると音が出にくく口が曲がる。舌を強く出させると舌が曲がる。麻痺側の四肢の筋力が弱まる。
4)その他、物が二重に見えたり(複視)、幼児では痙攣や発熱が見られることがあります。

(3)最初から高度の意識障害(刺激しても覚醒しない程度)は、早急に救急車を呼び、脳外科手術の対応ができる医療機関に搬送します。救急車が到着するまでには、早くとも5 〜 10分を要するので、その間、急激な脳圧の上昇による呼吸停止や心停止に備え、心肺蘇生法の準備、AEDの手配を早急に行う必要があります。

 

救急搬送とA E D

瀧澤(利) 救急車を呼ぶべきか医療機関に直接連れて行くべきかなど判断に迷うところですが、今日は瀧澤さんから救急相談センターの利用についてパンフレットもいただいています。こうしたものを活用していくといいと思いますが、この救急相談センターについて、ご説明をお願いします。

瀧澤(秀) このパンフレットは都民に向けて発行したものです。親御さんがお子さんの急病やけがに際し、救急車を呼ぶべきか、病院に連れて行ったらいいのか、家で様子を見たほうがいいのか、迷われることが非常に多いという現状から、情報を提供できないかということからできあがったものです。東京のみならず、大阪、名古屋、奈良と設置が進んでいて、国も普及を推進しています。

 まずは救急隊の経験者が電話を受けて、看護師さんに電話をつなぎます。看護師さんで判断できない場合には医師に相談するようになっています。そのようなステップで緊急度や重症度を判断し、相談にお答えします。救急車の適正利用ということもありますが、都民の方の不安な部分をサポートするという部分も大きいのです。緊急度・重症度は100のプロトコールに別れていて、実際によく使われるのは10のプロトコールといわれています。このうち相談が一番多いのは小児の発熱で、小児の頭部外傷が次に続きます。

 私は救急隊長を長年務めていましたが、今日は先生方からいろいろお話を伺って、養護の先生や学校の先生はかなり高度の観察眼を要求されるんだなと思いました。実際に救急活動に携わる我々と同程度のことまで要求されるというのは、本当に大変ですね。先生方は判断に迷った場合は、基本的に学校医の先生に相談されることになっているとは聞いております。

瀧澤(利) 最近は学校に必ずAEDが置かれるようになりましたけれども、学校の先生はどのくらいAEDを習得されているんでしょうか。

瀧澤(秀) AEDは最近爆発的に普及しましたね。平成21年度の心肺蘇生の実施例を見ても、だいたいどの方も学校においては使っていただいているということになっています。AEDは電源を入れると操作方法を音声で示してくれます。簡単な講習を一度でも受講するだけで、操作を覚えるとの報告もあります。

三谷 学校では年1回は必ず救急救命法などの職員研修を行います。時期的には水泳指導が始める前で、5月、6月が多いと思います。教職員一人一人が、人工呼吸法、AEDの使用方法など、いつでも、誰でも適正に行えるよう知識や技能を高めるようにしています。このような実技研修は、PTAや学校保健委員会等の活動で保護者対象に行っています。また、学校体育施設開放もしていますので、学校が主体となって地域のスポーツ関係者にもAED実技研修を実施しました。学校、家庭、地域が協力して子どもの命を守る、子どもを事故から守るという意識を共有でき信頼関係がさらに高まりました。

 各学校には、けがや日本スポーツ振興センターの災害給付に係る事故の発生状況についての資料があります。資料や事例研究に基づいた安全教育の充実が、生きる力の育成につながると考えます。

 

専門性から見た事故(けが)の予防

瀧澤(利) 今日はせっかく臨床の先生方に集まっていただいていますので、学校でできる事故防止の方法を具体的にお話いただきたいと思います。

赤坂 スポーツ外傷というのは中学・高校生が非常に重度になることが多いですね。関節部分の骨端軟骨が骨化していないときに急激な負荷がかかると、当然障害は起こるわけですね。ですから運動は必要ですが、同じように休養がいかに大事かということを、指導する先生方は子どもたちに伝えてほしいと思います。スポーツがエスカレートすると成長の後になっていろいろ問題が出てきます。日本の屋内スポーツには歴史があって、それなりに防具があったのですが、欧米から入った屋外スポーツは広まりが急速すぎて、事故防止に関する知識や経験がまだ十分ではないのです。指導者がきちんと知識を積んで訓練を重ねておく必要があります。屋外球技が盛んな先進国では、子どもの指導者は厳しくそれが問われるんですね。スポーツでのけがはある程度予測できますので、どの部分に障害が起きてどう防げばいいかは考えられると思います。

 イギリスやアメリカは、プロテクターを盛んに開発しています。見るからにすごい防具ではなくて、あまり目立たないプロテクターが開発されているのです。マウスガードもアメリカでは安いものから高価なものまで種類がたくさんあります。日本ではまだ開発が十分でなくて、呼吸が困難であるとか、嘔吐感があるとか、唾液が出てスポーツがしにくいという理由で着用をためらう例があります。歯科医に相談して歯型を取ってカスタムタイプを作ればいいのですが、欠点として高価になります。性能がよく利便性の高いプロテクターが普及すれば、子どもたちは適応性がありますからすぐ馴染むと思います。今後スポーツが子どもたちだけではなく高齢者にも広まる中で、スポーツの普及とスポーツの内容の変化に十分に対応していく管理と教育が必要だと思います。

浅野 事故予防の話の前に、子どもの症状で気をつけなければいけないことの一つ、めまいについてお話したいと思います。数年前の県内の救急車の搬送状況を見ますと、耳鼻科関係の症状では、大人も含めて、一番多いのがめまいです。次が鼻出血。この二つが大半を占めています。三谷先生、永田先生はお気づきと思いますが、子どもがめまいを訴えることは起立性調節障害(OD)などの疾病を除けば少ないのです。なぜかというと、子どもがめまい症状を的確に訴えることが難しいことと、8歳から15歳までの間に平衡機能が発達していく過程で、子どもはむしろめまいを楽しむという感覚があるようなのです。子どもにジェットコースターが好きかと聞くと、多くの子が好きだと答えますね。あの感覚でめまいを楽しんでしまうのですね。

 めまいは平衡機能の未熟や異常で起こることも多いので、事故防止の一つとしては、平衡機能を発達させるような訓練を日常から行うことも効果的ではないかと思います。その中で有効なのが一輪車です。日本耳鼻咽喉科学会学校保健委員会では十数年前から一輪車協会に協力していただいて、全国の小学校に毎年10校ずつ各10台の一輪車を贈呈する事業を行っています。校庭に余裕があれば平均台、古タイヤの設置も有効だと思います。ともかく、頭を打ってめまいを訴えたら早急に専門医を受診させることが非常に大切です。

宮浦 学校の事故報告書を見ると、スポーツでは複数プレーによる事故が多いようです。例えば野球では何組かに分かれて練習することがありますが、子どもたちは自分の組だけはよく見ているのですが、他の組の球には無頓着で非常に危険です。また他の部とグラウンドを共有する時も要注意です。練習方法を工夫すれば解決することです。それに、まだ技量の備わっていない子に無理な運動をさせるのもいけません。それから用具の点検も大事です。例えば打撃練習の時に使うセーフティネットに穴が開いていて球が当たったという事例が毎年あります。テニスやバレーボールのネットのワイヤー部分も危険です。スポーツが終わってから後片付けの段階でけがをする場合もあります。グラウンドの白線も、最近では炭酸カルシウムに変わってきていますが、一部地方ではまだ消石灰を使うことがあり、特に目に入らないよう注意が必要です。

瀧澤(利) では、全体のまとめも含めて、雪下先生にご意見をいただきたいと思います。

雪下 いまだに毎年突然死で子どもの尊い命が失われています。AEDの普及によってかなり数は減ったというデータもありますが、脳血管系の障害の数は減っていません。私は突然死ゼロ作戦を展開したいと思っています。昔は突然死に至るような症状があった場合、心臓の専門家のいる医療機関のところへ運びましたが、今後は脳のほうにも意識を向けてもらって、脳外科医の協力が得られる医療機関に搬送して、一人でも多くの命を救いたいと思います。

 今日は多くの方が触れていたことですが、各科専門医の連携は本当に大事です。連携を充実させ、学校内の事故については重症化ゼロ作戦に取り組みたいと思います。

瀧澤(利) ありがとうございました。本日は非常に豊富な示唆があって、年頭に当たってこの座談会を企画してよかったと思います。子どもの日常生活、将来の自立した生活を守っていく上で、学校ですぐに実践できることがいかにたくさんあるかということもわかりました。学校も積極的に取り入れてほしいと思います。今年は学校での事故や突然死が減っていくかもしれませんね。この座談会がそのさきがけになれば幸いです。

(会場:日本学校保健会会議室)