第8回「子どもに伝えたい性情報」

今,学校で求められている性に関する指導の在り方
~着実な実践を目指して~

筑波大学教授  
筑波大学附属中学校長  野津有司 先生
 

今日,高度情報社会などを背景としながら,我が国の青少年の性意識は多様になり,かつより開放的になっていると言えます。また,HIVを含む性感染症や望まない妊娠についても,依然として大きな問題となっています。その一方で,いわゆる性教育については,寝た子を起こしてしまうのではないかと心配する声も根強くあるようです。そうした中で,学校においては,寝ている子供を健全なあるべき姿にいかに上手に起こしていくかという視点が必要であり,有効で適切な性に関する指導を着実に実践することが求められていると思います。

学校での性に関する指導を通して,どういう人間を育成するか

学校における性に関する指導では,子供が自分自身を大切にする価値観に基づいて,主体的に正しい情報を入手したり信頼できる人に相談したりしながら,自ら思考・判断し,適切に行動できる人を育てる必要があります。すなわち,性に関して,発達段階に応じた責任の下で適切に自己決定ができる力を身に付けることが求められていると言えます。また,性に関する社会的な課題に対しても向き合い,考えたり話し合ったりして,真剣に関わっていける人を育てることも重要です。

教育課程に基づいて実践すること-その際の留意点とは-

学校での性に関する指導は,学校の教育活動全体を通じて行われるべきものであり,教育課程に基づいて着実に進めていく必要があることは言うまでもありません。その際には,体育科および保健体育科をはじめとした各教科,特別活動,総合的な学習の時間等において,それぞれの指導の特質に応じて適切に行われることが求められます。

平成20年の中央教育審議会答申「幼稚園,小学校,中学校,高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善について」では,学校における性に関する指導に当たって,以下の点に配慮する必要があることが示されました。すなわち,性に関する指導について,年間指導計画等を通じて学校全体で共通理解を図ることや,子供の実態を把握するとともに学習指導要領に示された内容に即して発問や教材を工夫し,発達の段階を踏まえることです。また,保護者参観等で授業を公開したり学年便り等で情報を提供したりするなどして,家庭・地域との連携を推進し保護者や地域の理解を得ることが重要となります。さらに,子供たちの心身の成長発達には個人差があることから,すべてを集団指導で教えるのではなく,集団指導で教えるべき内容と個別指導で教えるべき内容を明確にして,それらの連携を密にして効果的に指導することが大切となります。

新しい学習指導要領の考え方を重視して

平成28(2016)年12月に中央教育審議会は,次期学習指導要領改訂の方針となる「幼稚園,小学校,中学校,高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善及び必要な方策等について」(答申)を示しました。

この中で,グローバル化や情報化等が進展する我が国の将来を見据え,また児童生徒が主体的に判断し行動することに課題がみられる現状等を踏まえて,新しい時代を担う子供たちに育成すべき資質・能力について次の3つの柱で整理されました。すなわち,「何を理解しているか,何ができるか(生きて働く『知識・技能』の習得)」,「理解していること・できることをどう使うか(未知の状況にも対応できる『思考力・判断力・表現力等』の育成)」,「どのように社会・世界と関わり,よりよい人生を送るか(学びを人生や社会に生かそうとする『学びに向かう力・人間性等』の涵養)」です。学校教育を通して何ができるようになり,どうよりよく生きていけるようになるかという視点がより重視されたものと言えます。

学校教育の一環として進められる性に関する指導においても,この育成すべき資質・能力は同じです。この3つの柱を踏まえて,性に関する指導によって身に付ける資質・能力の具体を明確にする必要があります。そして,カリキュラム・マネジメントの考え方に基づいて,教科等横断的に性に関する指導を位置付けて取り組むことが望まれます。

心理社会的影響に対処できるようにすることも視野に入れて

性に関する指導において,こうした資質・能力を育てるには,何を学ぶことが重要となるでしょうか。性に関して,子供の思考・判断や行動は,家族,友人等の周囲の人々やマスメディアなどからの心理社会的な影響を強く受けるので,私は次のような内容も取り扱う必要があると考えています。

(1)性に関わる心理や行動に影響を及ぼす心理社会的要因の理解

(2)偏見・差別や性的行動を助長する性に関する誤った社会通念の改善

(3)性や生き方に関わる価値観の育成

(4)健全な人間関係の形成やコミュニケーションのための心理社会的なスキルの習得

これらの内容は,体育科・保健体育科をはじめとした各教科,いわゆる議論し考える道徳,自己決定を目指す特別活動,自己の生き方を探究する総合的な学習の時間等で示された項目内容を拠り所にして,適宜取り上げることが考えられます。

ケーススタディの効果的な活用のすすめ

「何を学ぶか」ということと共に「どのように学ぶか」が,学びの質や深まりに大きな影響を与えると,新しい学習指導要領では言われています。そうした中で,主体的・対話的で深い学び(「アクティブ・ラーニング」)が重視されており,そのための指導方法の改善,充実が求められています。

ここではその一つの工夫として,ケーススタディを効果的に活用することを提案したいと思います。ケーススタディを用いた学習指導では,起こりそうな架空の物語を設定し,学習者に主人公の気持ちや考えまたは行動の結果を予想させます。また,主人公がどのように対処すべきかについて学習者の率直な意見を引き出し,具体的にどのようにするか考え,話し合ったり発表させたりします。こうした学習展開を通して,子供たちの誤った社会通念,特定の価値観に留まった認識の改善,心理社会的なスキルの向上等を図ります。

ケーススタディの授業では,子供たちは架空の人物について話し合うため,自分の個人的な体験を話すような気恥ずかしい思いをしないですみ,率直な気持ちや考えを発言しやすくなり,学習への主体的参加が容易になります。これは,子供たちが消極的な学習態度になりがちな性に関する指導において大きな利点と言えます。

ケーススタディを用いた指導では,特に次の点に留意することがポイントになります。

  1. ① 子供たちに自由な発想と十分な時間を保障し,批判的な思考や創造的な思考を促すことが何より大切です。教師主導となり,あるべき望ましい考えなどを先に示してしまうような誘導的な指導に陥らないことです。子供たちに主人公の立場になって主体的に真剣に考えさせることこそに意義があり,その時間を保障することが重要です。
  2. ② 授業の「展開」では,あくまでも物語の登場人物に焦点を当てて考えさせるようにし,「もしあなただったら」という問いかけは避けるようにします。これまでのありがちな授業では,自分のこととしてしっかり受け止めて考えてほしいという教師の思いから,「はい,あなただったらどうするか,発表してください」といったような安易な問いかけがしばしばみられます。しかし,多くの子供たちにおいては「そんなことについて自分自身のことは言いたくない」というのが本音としてあり,結果的に,単なる模範的な答えや教師の期待する回答を言うだけに留まってしまいがちです。例えば,ケーススタディにおける「この主人公は,どうすべきでしょうか。どう考えるべきでしょうか」とか,「あなたが親友だったら,どうアドバイスすべきでしょうか」などと,子供たちが考えたり発言したりしやすいように促す工夫が望まれます。おそらく,このような問いかけをしたとしても,子供たちは実際には自分に置き換えて考えたりするものです。
  3. ③ 教師にとって都合のよい一方的な考えや価値観を押しつけないように注意することです。子供たちにとっては,授業中に,自分なりに思考したり他の人の考えを知ったりして,思考をさらに深める過程こそが,真の学習成果となります。
  4. ④ 授業の終わりに,特定のありがちな結論で強引にまとめることは避けるべきです。子供たち一人一人がケーススタディを通して導き出した事柄を基本的に尊重することです。場合によっては,敢えてまとめてしまわないで,今日勉強したことをもとに「もし自分だったらどうか,ということで引き続き考えてみてください」といったように,授業後も継続して考えていくようにする終わり方も効果的でしょう。

指導実践のさらなる充実を願って

我が国では性に関する指導を推進するうえで,子供たちのみならず教師や保護者の性に対する羞恥心や指導に対する抵抗感があることが,大きな障害となっていると言われることもありました。こうしたことは,欧米先進国をはじめ諸外国においても多少の程度の違いこそあれ,同じ人間として同様に抱えているとも受け止められます。性に関して,子供たちが生涯を通して適切に判断し,行動していくための基礎・基本となる資質・能力を身に付けることができるように,私たちは着実に前進していきたいものです。

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