第14回「薬物乱用防止の指導」

4 薬物乱用防止教室の実践経験から

■薬物乱用防止教室を立ち上げた経験から

並木 ここまでは専門的なお話でしたが、今度はそれぞれの現場で養護教諭をされた先生方から、より具体的なお話をいただきたいと思います。まず、植木先生から中学校の事例を中心にお話しいただければと思います。

植木 私が中学校に勤務していた平成4頃には、薬物乱用防止教室という言葉自体まだ誰も知らず、どう指導していけばいいか現場で非常に困ったという記憶があります。全体への指導はできず、学年の先生方や生徒指導の先生、また、保健主事の先生と相談して個別の対応がほとんどで、薬物乱用防止教室開催の経験はありませんでした。
その後に勤務した小学校でも、夏休みに入る前の全校集会に警察の人が来て万引防止、飲酒喫煙防止などの話をする形はとっていましたが、薬物乱用防止教室は開いていませんでした。小学校は授業で取り組んでいるからと薬物乱用防止教室の必要性があまり認識されていないように感じていました。平成15年ころ、近隣の中学校では取組をはじめていましたので、小学校でも開催できるのではと、まず6年生の担任の先生に相談しました。その後、校長先生のところへ相談に行ったところ、校長先生は学校経営の2本柱として校内研修と健康教育を掲げていましたので、「やってみようか」と言ってくださいました。しかし、当時は講師のリストもないなかで、保健福祉事務所が講師を派遣していることを知り、その中から薬物依存者の更生施設を管理している人に頼むことにして、事務所の方と相談をはじめました。ただ、どのような話をしてくれるのか、小学校6年生に適した内容であるかどうか分からなかったので、校長先生にお願いして講師に連絡を取らせてもらい、直接相談をしたという経緯があります。

■失敗例と成功例

植木 過去に勤務していた中学校で飲酒や喫煙等で指導の必要な子どもたちの自己肯定感が非常に低いと感じていたので、自分の体の大切さを子どもも保護者も感じられるような会にしたいと思い、保護者も呼ぶことにしました。それに適した内容かどうか、担任の先生からも講師に聞いてもらい、保護者全員に来てもらうように保健便りなどの通信に掲載したり、ポスターを作ったり、さらにPTAの役員の力をお借りしたりしました。また、保健学習の時間には事前に内容を押さえておいて、特活の1時間を使い、6年生の保護者も参加した薬物乱用防止教室を開催することができました。
しかし、予想外のことが起きてしまいました。自分の体は大事なのだという講師の訴えを聞いて、泣き出した保護者が出てしまったのです。それが子どもにも移って女の子が数人泣いてしまい、その場で慌てて修正を図った経験があります。保護者からは、「もっと子どもに自分の体を大切にしてもらえるように親も働き掛けをしたい」という感想はいただきましたが、事前打ち合わせが少し足りなかったと反省しました。
行政の立場で学校を訪問すると、小学校ではどのような講師が適しているのですかというご質問をよくいただきます。自分が困った経験もあるので、当係では各学校で講師に誰を呼び、どのようなことをしたのかを一覧にして、各市町村、各学校が見られるように工夫しています。

並木 ありがとうございます。いろいろな人を巻き込んで連携を図り、さらに校長や教頭がきちんと対応してくれないと学校全体での取組にならないというお話でした。また、薬物乱用防止教室では予想外の事態が生じることもあるようで、その辺のことも意図していないと焦ってしまうこともあるのでしょうが、はじめてみてわかることもたくさんあったと思います。

■保健室での相談の苦悩

並木 次に山口先生はいかがでしょうか。

山口 私は専門高校と普通科高校の勤務経験がありますが、保健室に来室した生徒の相談内容は勿論、感情から表出される事実への対応に、いつも戸惑っていました。ちょうど脱法ドラッグが話題になってきた頃でしようか、保健室では解決できない相談を受けることになりました。
「先生、ドラッグを使っている友達がいるんだけど、どうしたら止めさせられるかな?」
という内容のものでした。相談に来た生徒も、薬物に手を染めているであろう生徒も高校生だということで頭が混乱してきてしまいました。もちろん親にも担任の先生にも内緒にしてほしいと言われ、まだ私自身、養護教諭としての経験も浅かったこともあり、自分で何とかしてあげたい、この子を立ち直らせるのは自分しかいないという思いでいっぱいになったことを、今でも、はっきりと覚えています。
そして、生徒からいろいろな情報を知れば知るほど、他のことも手に付かず、その子のことばかり考えてしまうようになりました。「先生を信頼して相談したんだから、もし、表に出たら、私はどうなるか分からないからね。」という言葉は養護教諭として、頼られているように感じたのと同時に、自分自身苦しくなる毎日が続きました。

■信頼できる先生や専門機関との連携

山口 当時、私には、仕事について何でも相談できる先生がおり、「養護教諭は教育職で、学校組織の一員なのだから、保健室で抱えた問題は、どんどん教職員に発信していくことが生徒の為、学校の為なんだよ」と、いつも教えられていました。正直、この件を伝えることについては何日も悩みましたが思い切って相談してみましたところ、すぐに、「保健室で抱えきれる問題ではないから、管理職、学年主任、担任に話をした方がいい。自分も一緒に行くから」と言ってくださり、生徒が相談に来た様子、現在の状況等も含めた情報が管理職に届くことになりました。管理職の先生は、「すぐに委員会を立ち上げよう。養護教諭一人で抱えられる問題ではない。」と判断された後、「あなたが、養護教諭として信頼できる先生と、その(相談に来た)生徒が信頼している先生は誰ですか?」と聞いてくださったのです。自分でも予想しなかった言葉でした。今、考えれば保健室で抱えている問題が学校にとって大きな問題になるかもしれないという危機感と、何より『教職員全体で生徒を守る』という、支援の基本となる大切な部分を、その場で決意されたからだと思っています。
関係職員を集めての委員会は、やはり、「法に触れてしまうこと」という壁に突き当たりました。警察に行くべきか、学校で対応するべきか校内で議論になり、結論として、県内の健康福祉センターに相談してみようということになりました。当時のセンター長は精神科医で、学校関係の講演会の講師も務められていらっしゃいましたので委員全員の意向で決まりました。すると、「法に触れているかどうか今は別に考えて、とにかく学校内で相談に来た生徒の居場所をつくり、話を聞いてあげてください。そして、気持ちが落ち着き、その子が聞く耳を持ったときに、そこで薬物についての正しい知識を教えてあげてください。」という指示をいただきました。

■薬物乱用防止教室の開催から学んだこと

山口 その後、隣県にある民間の薬物依存症リハビリ施設の方を講師にお招きし講演会を実施しました。薬物乱用防止教室を開催するにあたり、いつも配慮しているのは、高校3学年全体で実施する講演会において生徒の理解度に大きな幅があるということです。1学年の生徒の中でも幅がありますので、実施後のアンケート調査で、現在の理解度を把握したら、その結果を全教職員で共通理解し、その溝を埋めることができたのなら、講演会の効果は、より高いものになるのではないかと感じています。
今、養護教諭は、学校内や地域の医療機関等との連携を推進する上で、コーディネーター的役割を求められていますが、私はこれまでの経験から、目の前にいる生徒にどう成長してほしいのか、どんな風に変わってほしいのか、を考えた結果、必然的に連携が必要な職種、人材に気づくということを学びました。

並木 ありがとうございました。今のお話にあったように、生徒が法律に触れる問題を起こした場合に、警察との関係で学校現場がかなり混乱すると思うのですが、そのあたりに関して大事なことは何でしょうか。

■守秘義務と相談の敷居

嶋根 まず、その子への援助を切らさないための対応を考えるべきだと思います。警察にしろ、精神保健福祉センターにしろ、継続的な支援を受けられる体制を作ることが重要です。
薬物問題というと、すぐ警察対応と考える方もいらっしゃいますが、実はわが国の薬事関係法規のどこを見ても、薬物使用について警察への通報を義務付けた法律はありません。教員は公務員なのだから、犯罪を告発する義務があると反論される方もいらっしゃいます。確かに、刑事訴訟法(第239条)には、公務員の犯罪告発義務というものがあります。
しかし、大前提として教員には守秘義務があります。生徒の相談内容などの秘密を保守する義務が課されているわけです。守秘義務と犯罪告発義務という2つの義務が衝突した場合は、本来の義務である守秘義務を優先しても違反とはならないという法的解釈が成立します。逆に、犯罪告発義務を優先しても守秘義務違反にはならないという判例もあることも事実です。つまり、薬物を使った生徒の守秘を守るか、警察に通報するかは、現場の教員に委ねられているということです。
通報義務と紛らわしいものに、麻薬および向精神薬取締法における麻薬中毒者の届出義務というものがあります。これは、医師が麻薬中毒者を診断したときに届出をする義務ですので、学校の先生はその対象ではありません。また、届出先は都道府県知事ですので、警察への通報ではありません。さらに、麻薬中毒者に限った法律ですので、言うまでもなく、覚せい剤や脱法ドラッグは届出の対象ではありません。
薬物に関わる相談ってなかなかしにくいと思います。そんな相談をしたら、警察に通報されるのではないかと不安に感じるからですよね。薬物乱用防止教室では、薬物問題で困ったときの相談についても触れることが重要だと思います。守秘義務の話をして、薬物問題は先生に相談してもよいことだと理解させ、相談の敷居を下げてあげることが大事だと思います。

井上 北九州市でも相談窓口があります。特に中学校、高校ではその情報をペーパーにして配るなどして、相談の垣根を低くすることが一番大切だと思います。

嶋根 そうですね。当然、乱用の危険性や心身に与える影響については教育するべき内容ですが、プラスアルファとして、困ったときの対応を教えていくことも、薬物乱用防止教育には必要と思っています。
それから、刑事事件では、犯罪の自供だけでは有罪にできないという大原則があることもおさえておきたいポイントですね。違法薬物を所持しているとか、尿検査などで反応が出るとか、何かしらの証拠がない限り、通報したところで、警察も捕まえようがないですよね。

井上 このような問題は学校にとっての危機なので、本来は危機管理マニュアルがあってしかるべきだと思います。調べたところ、児童生徒が薬物を使っているという情報があった場合の対応について、危機管理マニュアルにしている県や市もあるようです。これからの時代、どんな学校でも起こり得る問題なので、一人で抱え込まないためにも、危機管理マニュアルの中に薬物乱用に関する項目があると、悩む時間が少なくなっていいと思います。

嶋根 山口先生が、精神保健福祉センターに相談されたという対応をお話になっていましたが、生徒への援助が継続できる有効な対応だと思いました。精神保健福祉センターは全国どの自治体にもあるメンタルヘルスの専門機関です。精神科医をはじめ、保健師、臨床心理士、精神保健福祉士などの専門家が働いています。精神保健福祉センターは地域において薬物相談の中核となっている行政機関です。学校から地域のメンタルヘルスの支援資源として、精神保健福祉センターに上手くつないだ事例ですね。

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